『まわる神話構想ノート』より

私はヘーゲルが考えていた理性は医学や音楽における倫理においても働く可能性があるのではないか、と考えている。ヘーゲルの『精神の現象学』はドイツの百科事典のようであり、<絶対知>へむかう道程をヘーゲル歴史観をとりいれながら書きすすめている。ヘーゲルはこの著作をのちに講演会で発表するために書いたのではないかと思えるほど論理のなかに詩情性をよみとることができる。この書であつかわれている「現象」は「意識現象」であり、魂(Seele)をもった人間の「意識」が<絶対知>へと梯子を登るような過程をヘーゲルは記述しようとしたにちがいない。イポリットやコシェーヴらはヘーゲルの『精神の現象学』を解釈しそれぞれ趣のことなった「注釈書にとどまらない注釈書」を書き記している。
 人間の「精神」に深い眼差しをみすえたヘーゲルの『精神の現象学』は医学や音楽などの芸術行為における倫理を考察するうえで大きな示唆をあたえると思われる。
 そして、自己と他者の関係性に「自己の同一性」という意味で西田哲学と違った意味での答えをあたえる道程を自らつくるまで見守ってくれることを考えさせられる。
 私はヘーゲルの『精神の現象学』と西田幾多郎の『善の研究』をとおして人間をみつめるあたたかな眼差しをもった教育や発達心理学について考察していきたい。