教育哲学ショートショート hutari

雪の日に貨物列車にのったふたりのおとめはクラシック・バレエをやっていた。「さむいかい」「ええとっても」がたがたと揺れる電車のなかは込み合っており外套からは湯気がたっていた。声をかけた男は体操競技をやっているらしく、腕の筋肉が善く発達していた。小脇には発達心理学の本とハイデガーの『存在と時間』がかかえられていた。
 ふたりの少女は双子の姉妹。姉は実は亡霊なのであるが、妹はそのことを知らない。姉は外界におりてきて2カ月であった。もうすぐサンクトペテルブルグでバレエのオーディションがあったそのためにはるばるパリからシベリア鉄道を経由してやってきたのである。シベリア鉄道には死刑囚がごろごろと乗っており異様な雰囲気が漂っていた。「これ読まなくちゃ」妹は鞄からヘーゲルのエンチュクロペディーをとりだした。そのなかには解剖学にかんする記述がみられるためだ。姉は眉をひそめながら「よくもうすぐ到着するというのにそんなものをよめるわね」「これはいちかばちかのお守りみたいなものなの」と毅然とした態度で姉に抵抗した。妹は家でおとぎばなし哲学書を「賢く見えたい」という変な願望から異風堂々と朗読するのであった。姉は天国や浄土をたびしてから外界におりてから妹の行動にいぶかしみながらもあたたかく見守っていた。「彼女も彼女なりの方程式で成長しているのであるなぁ」と。

 やっとサンクトぺテルブルグのバレエスタジオにやってきた。荘厳な学校。みわたすがきりの霧模様にふたりは驚愕した。「うわーきり」もうすぐレッスンがはじまるようだ。
ワガノワメソッドの公式のバーレッスンであった。ふたりはオペラ座のメソッドでそだってきたが貨物列車のなかでひととおりキリル文字の書きかたの練習とロシア語の論文の書きかたをマスターしていた。12時間も貨物列車にゆられていると暇なのだ。外科医とバレエの教師を兼ねているドンスコイ先生は手紙で文通しているなかだった。ドンスコイは公式なフロイト精神分析医を資格をとっていないにもかかわらずおこなっていた。「深層心理学ブラック・ジャック」とあだ名されていた。映画が好きで映画にもちゃっかりカメオ出演することもあった。しかし本職は脳神経外科であった。あざやかな鍵穴手術から歯茎の裏側から器具を挿入する仕方など多面的な方法で難攻不落な手術を鮮やかにおこなっていった。
 
ふたりは無事合格し、ともにあゆんでいくことになる。ドンスコイはどこへ・・・・・・。