「医師と哲学者」 Ⅵ

 大谷氏は「くろまく」の手紙を下宿に持ち帰って思案していた。
≪しろまく、くろまくとはいったい何だろう≫
1時間ばかり思案していると押入れがなんだかうるさくなってきた。仕方がないので押入を開けてみることにした。
「なんでこんなところにいるんだ」
大谷氏は不思議そうにつぶやいた。
「くろまくの約束ごとなんだよ『大谷氏の押し入れにはいろ』って」
「お前のところにもくろまくの手紙が来ていたのか」
「そうなんだよ。うっとうしくて仕方がない」
「おれの場合は全く意味がわからないだしろまくに注意って書いてあるんだ」
「とりあえず本屋にいってみるか」
 大谷氏と中田氏にとってとりあえず行く場所はなにを隠そう本屋だった。図書館は約束ありきだが、本屋はまえもっての約束がなくてもいく場所だった。本屋での道のりは商店街のアーケードをを通っていかねばならない。途中にちいさなCaféがあった。約20分間あるくと本屋があった。本屋のなかには『くろまくについて』という本があったので、ペラペラとページをめくってみた。ちょうどしおりがはさんである部分に『しろまく』についての記述がみられた。
『しろまくは医学のなかのタブーである。患者をお金の天秤にかけて私腹をこやしているわるものなのでくろまくはしろまくを制圧しなければならない』
と書かれてあった。
「中田、これは医学の問題のなかの医療倫理における問題ではないか」
「そうだな、うん、そうだそういう風にしか言うことができない」
 ふたりは迷っていたが、京都に田丸先生の診療所にいくことにした。田丸先生しか医学の問題を解く人物がふたりのあいだで思いつかなかったためである。2時間ばかり新幹線乗ってようやく田丸先生の診療所にたどりついた。
「これは何らかのいたずらにちがいないわ」
と田丸先生は言った。ふたりは何らかの陰謀を考えていたので、あっけにとられてしまった。
「こういうたぐいのものは昔からあったのよ、敵でないものを敵にして、おかしがることが、でもこれはあづかっておくわ、私は上のほうに顔が利くからいっておくことにするわ」
 ふたりはその後、京都を歩きまわることにした。京都御所を散歩することにした。
「お前、どうなんだ。論文のほうは完成したのか」
「もうすぐだ。教授が自宅に招いてくれて参考になる資料をもらったんだ」
「それはいいことだね」
「それより、お前はいいのかよ学校のほうをやすんだりして、いけないじゃないか」
「今は春休みで有給の休暇をとったんだ」
「そうなのか」
 2時間ばかり京都の街を歩いた後、ふたりはかつて大谷氏が大学時代を過ごしていたアパートに行くことにした。大谷氏は学生時代3年の契約でアパートを買ったのだが、学問に腰を入れるために買うことにしたのだった。いうまでもなく大谷氏の京都のアパートにも哲学書や文学全集が山積みになっており、座卓には原稿用紙と万年筆が主人待っているいるかのように置いてあった。
 大谷氏の部屋にはなぜか体操競技クラシック・バレエ教則本や用語集が青ペンのアンダーラインつきでおいてあった。
「もうつかわない本ばかりだ」
「嘘をいうなよ、これからも・・・・・・」 
 ふたりはせまいアパートのなかでインスタントコーヒーを飲みながら語り合った。中田氏の記憶よりも大谷氏の記憶のほうが、密度が濃かったが、中田氏は負けじと弁論術使って大谷氏のエピソードに対抗した。
(つづく)